高圧ハウス

 

 

その家は、全てが高圧だった。
電源300V、水圧は10倍、ガスも5倍の圧力が用意されていた。炊飯器は
もちろん圧力釜だ。
「どうです、わが社の"高圧ハウス"は」
「どうって言われても、なあ…」
俺は今、新婚の妻を連れて、家の展示会に来ていた。
「高圧だと、何か良いことあるの?」
妻はバリバリの文系で、そういうことにはトンと弱い。
「それはですねぇ」
「例えば、圧力釜だったら栄養素が吸収されやすいというのが
ある。中華料理なんかは高圧のガスだとおいしく出来る。水道
も短時間で風呂を入れられたりするし、電気だって…」
「お客さん…」
「ん?」
俺はつい解説をはじめてしまった。悪い癖だ。
「私の仕事とらないでくださいよ」
「ん、すんません。なんかまちがってました?」
「いえ、全然…」
「じゃあ良いじゃないですか、ギャラは変わらないし
「染乃助・染太郎じゃないんだから…」
「あ、ところで、トイレお借りできます?」
「あちらです。」


俺は高圧トイレに足を踏み入れた。大。ボトン。
「ふぅ…。」
大がこびりついているが、流したとたん、ヴァシュ!という音と
ともに奴は消滅した。
「すげぇ。完全に消滅した…」
俺は科学技術の粋に感嘆し、ウオッシュレットに手を伸ばした。
「ん?」
見ると、1から9までの数字が書いてある。
俺は迷わず9にダイヤルを回した。
「これが最高圧力だな…」
俺は基本的にちょろちょろのウオッシュレットが嫌いだ。
やるなら高圧。これに限る。
ボタンを押した。とたん、俺の尻の穴にすさまじい圧力がかかった。
ゴン。
俺は頭を壁にぶつけてしまった。頭とケツが痛い。何だこれは?
「まさか、この9って…」
俺は直感した。9っていうのは9気圧のことだと。
「誰だこんなウォッシュレット作ったのは!!」
計算してみよう。1気圧で水が10m持ち上げられる。9気圧だと90
mだ。これは消防で使われる圧力だ…。でも消す気か?
幅が小さいから、頭ぶつけるくらいで助かったらしい。っておい。
一体何Jの圧力で、人間が飛ぶんだ?う…100Jくらいか…。
てか、100Jを食らった俺のケツ…、痔にならねえか?
拳銃みたいなもんだぞ。


その後も恐ろしいこの家の案内は続いた。
高圧釜って、ふつう2気圧じゃないよなあ…。確か1.3気圧くらいだったと思うんだが…。
それから、高圧サウナって、怖いんですけど、入るの…。
「あ、大丈夫ですよ、死にませんし
「死ぬ死なねぇの問題じゃないでしょ!」
何でか深海魚が飼ってあった。
「きれい…」
妻がうっとりと魚を眺めていた。確かにきれいな魚だ。って
リュウグウノツカイじゃねーか!」
不吉だ。不吉極まりないにも程がある。それがわかってしまう
俺にも問題はある気はするが。てか何で生きたリュウグウノツカイ
が飼われているのかが問題なんだが。
「あの、なんでこの魚飼ってるんですか」
深海魚も飼える高圧水槽のアピールですよ」
「はぁ…」
俺は水族館に電話するべきかどうか少し考えた。が、やめた。
「この魚なんて魚ですか」
「さあ、分かりかねます。申し訳ありません」
俺は言いかけたが、のどのところで止めた。
「ねぇあなた、見てみて」
妻が呼んでいるのでみてみると、ご丁寧に冷蔵庫にHighPresserの
表記がかかれて有った。やりすぎにも程がある。これは一体何か
意味があるのか?
「冷蔵庫のガスを高圧で循環させています。」
「何のために?」
俺はもう突っ込む気力もなくなってきた。
「その方が冷えるからですよ」
「はぁ」
レンジまで高圧レンジだ。これが夢、悪夢なら覚めてくれ。
せっかく新婚のマイホーム探しで、これは無いだろう。
生まれてくる子供がみんな女の子になりそうだ。電磁場のせいで。


「ところで」
「何でしょうか」
俺はもうこの高圧ハウスに疲れ果てていた。
「この家なんですが、ためしに1日住んでみませんか」
「はぇ?」
係員はにこやかに言う。
「バイト料は出しますよ。5万円でどうです?」
「5万?!」
俺と妻は驚いた。5万円/日のバイト。美味しすぎねえか?
二人としても2万5千円/日だ。
「あなた…」
妻の目が輝いている。そして、俺も同じ目をしていた


慣れてみると意外と住みやすい感じもしてきた。
水とかのたまりが早いというのがいい。
風呂や洗濯の準備が早い。妻も結構いい感じかなとか言い出した。
「これ、最初はどうかなと思ったけど、結構良いかも」
「そうね。空き時間が多くなるね」
ちょくちょく来る客の応対は俺がやる。展示員より上手いくらいだ。
うん。実に順調だ。
この家の使い方としては、通常は低圧でちょろちょろ使い(それでも
普通の高圧に近いのだが)必要に応じて高圧。この感覚がわかると
かなり違う。
加圧殺菌でお子様にもやさしい。子供が出来たら買おう。高圧
乾燥機。
「あなたぁ、ごはんだよ」
「あ、ああ今行く」
いつもより1時間早い夕食だ。ハウスのおかげだ。

どうでもいいのだが日本高圧力学会ってのがあるらしい。
http://www.it.sakura.ne.jp/~koatsu/


「あなた、なにぶつぶつ言ってるの?」
「ん、いや、便利だなあって」
この話読んだら、彼らは悶絶するに違いない。間違いない。
「んもう、やっぱり何か言ってる」
「あ、ごめんごめん」
高圧力学会の話は忘れよう。


うーん。何だかんだいって、住みやすいではないか。
そう思ったとき、隣の家の方が妙に明るかった。
「あれ?」
妻も気づいたようだ。よく見てみると、何か変だ。
何か部屋の中が明るい。明るすぎる。
「火事だ!!」
俺達は慌てて外に出た。
隣の21世紀に間に合いました住宅(何だよそれ)の
中から煙が出ている。おまけに何か臭い。
「おい!これ塩化ビニルかなんか使ってるぞ!」
アフォか。そんなもの使ったら、中に人がいたら
大変なことになるではないか。
と、隣の方を見ると、若い夫婦が慌てている。
「うちの子供見ませんでしたか?!」
どうやら、まずいことになった。子供が中で取り残されている。
最悪だ。…待て。
「ホース持ってきてくれ!」
俺は回りに叫んだ。
「家庭用のホースぐらいで消せるか!」
通りかかった男が叫んだ。
「普通の家庭用ならな。だが、この家は…」
俺は心配そうに見ている妻に向き直り、笑顔で言った。
高圧ハウスだ。」


ホースを家庭内の蛇口につなぐ。
さっきの男に蛇口とホースをつなげさせる。
「頼む。しっかりつないでくれ。ホースが耐えられるか怪しいから。」
「任せろ」
俺は外に飛び出し、携帯でさっきの男に合図した。
「やってくれ!」
男が蛇口をひねったらしい。とたん、すさまじい圧力がかかった。
「いょっし、いけるぞ!」
通常、消防用の放水で、9気圧といわれてる。だが、このホースには
それに匹敵する圧力がかかっていた。圧力に押し飛ばされそうになりながら、
「消防が来る前に消してやる!圧力頼む!」
俺は男にさらに出力アップを要請した。その時。
嫌な音がした。
とたん。ホースが破裂した!


「くそ、ホースが限界だったか!」
俺は叫んだ。こうなったら消防が来るで待つしかないのか…。
蛇口の係の男が戻ってきた。
「家は確かに高圧だったけど、あの圧力に耐えられるホースが無いか…」
「あなた、何とかならない?」
妻が言った。
「このままじゃ…」
「わかってる。けど…」
俺はふと、高圧ハウスの屋根を見た。タンクだ。
「あ!」
俺は叫び、男と妻が呆然としているのを無視して、慌てて
はしごを持ってきた。
そして屋根に上がり、ハンマーと、のみを取り出し、タンクに殴りかかった。
「何してるんだ!」
「まあ、見てなさいって!」
俺はハンマーでタンクを殴った。のみでがんがん叩いた。すると、タンクに
亀裂が入った。
「よし!」
さらに殴る。一回、二回。
その時。
タンクから膨大なが隣の家に噴射された。すさまじい勢いだった。
ゴオオオーッという轟音。滝のようだった。
家に穴が開いていたのか、あけたのか分からんが、ともかく火は消えた。
「よっしゃあ!」
家族が慌てて中に入る。子供は泣いていたが、無事のようだ。
「良かった…。」
妻も俺も、本当にほっとした。
気持ちの良い夕暮れだった。


深夜、展示員がやってきて事の顛末を聞いた。
「そうでしたか…。」
「すいません、タンクを壊してしまって…」
妻が先に謝った。それはそうだ。器物破損だ。
「いや、それで子供が助かったんです。良しとしましょう。」
バイト代は、修理費の一部になり、おまけに借金だが、人の命に比べれば
安いもんだ。
「ところで…高圧ハウス、お住まいになりますか?」
俺と妻は顔を見合わせた。
ふと俺は思った。この家は結局俺らに何をもたらしてくれたんだ?
結局、借金だけじゃないか(人の命は助かったがな)。
「私は…」
妻はちょっと悩んでいたようだ。
「いや、やっぱりいいです」
「俺ももういいです。なんかあるごとに消防士にはなりたくない」
「そうですか…」
展示員は少しさみしそうだった。

 

 

 



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